大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和37年(ネ)1929号 判決

控訴人 成田五郎

被控訴人 小池太市

主文

原判決を左のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し金二十三万七千百六十八円を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じ三分しその二を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする、」との判決を、当審における請求の趣旨拡張申立に対し請求棄却の判決を夫々求め被控訴人は控訴棄却の判決を求め、当審において請求の趣旨を拡張して、一審において支払を命じたほか、控訴人は被控訴人に対し金十八万円を支払え、との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並に証拠の提出、援用、認否は次の点を附加訂正するほか原判決事実摘示と同一であるからここに右記載を引用する。

(控訴人の主張)

(一)  訴外荒川四郎の控訴人に対する本件差押賃料債権の基礎たる本件建物の明渡請求事件は控訴人勝訴の判決が確定し明渡をする必要がなくなつたので控訴人主張の原判決事実摘示中原判決書四枚裏三行目「更に次のとおり主張した」以下五枚表三行目までの部分を撤回する。

(二)  訴外荒川四郎は本件建物を昭和三十七年九月二日訴外藤塚順次に売渡し同訴外人が賃貸人として控訴人に対しこれが賃料の支払を求めているから被控訴人は右売渡しの日以降の賃料債権を取立てる権限を有しない。

(三)  控訴人は昭和三十四年八月六日訴外荒川四郎を連帯保証人として訴外鈴木三郎に金六十万円を支払期日同年十月六日利息年一割八分遅延損害金年三割六分の約で貸付けたが右支払期日までの利息の支払を受けたのみである。

そこで右連帯保証人たる訴外荒川は控訴人に対し貸金六十万円及びこれに対する支払日の翌日たる昭和三十四年十月七日以降支払済までの遅延損害金の支払義務があるから、控訴人は訴外荒川に対する右反対債権のうち昭和三十四年十月七日から昭和三十七年六月六日までの遅延損害金五十七万六千円を以て原審認定の被取立債権四十三万五千円と対当額で昭和三十七年十一月二十八日の本件口頭弁論期日において相殺の意思表示をした。

なお被控訴人がした当審における請求の趣旨拡張の申立が認められるとするならば控訴人は右相殺によつて消滅した残額を自働債権として右請求を拡張した部分のうち昭和三十七年七月分と八月分の差押賃料債権合計金三万円(受働債権)と右同一の日に更に相殺の意思表示をした。

以上によつて被控訴人は控訴人に対し取立をなすべき何等の債権も有しない。

(四)  控訴人主張の前示反対債権は、控訴人が原告(控訴人被上告人)となり訴外荒川を被告(被控訴人、上告人)として訴訟係属中のところ昭和三十九年九月十日上告棄却となり判決は確定した。

(被控訴人の主張)

(一)  請求の趣旨拡張申立

被控訴人は前示債権差押並取立命令に基づき控訴人に対して有する取立債権のうち当審において既に履行期の到来した昭和三十七年七月一日から昭和三十八年六月末日までの毎月一万五千円の割合による十二ケ月分の賃料合計金十八万円を原審認容の取立債権(金四十三万五千円)に附加して支払を求めるものである。従つて被控訴人は本訴においては将来の給付を求める趣旨を含むものではない。

(二)  訴外荒川と控訴人間の本件建物明渡訴訟が控訴人勝訴の判決によつて確定したことは認める。控訴人がこれに関する主張を撤回したことには異議がない。

(三)  本件建物を訴外荒川が訴外藤塚に譲渡したことは認めるが、右譲渡は藤塚の荒川に対する貸金債権六十万円の担保のためにするいわゆる譲渡担保であつて、その控訴人に対する賃貸人は依然荒川である。

(四)  控訴人が当審において相殺の抗弁を以て主張する反対債権の存在はこれを否認する。即ち右主張の債権については訴外荒川において従来控訴人と抗争してきたが控訴人主張のとおり訴外荒川の敗訴によつて訴訟は終了した。しかしながら右訴訟の事実審の口頭弁論終了後の昭和三十八年七月二十六日右連帯保証債務は控訴人が訴外荒川所有の本件建物並にその敷地を代物弁済として取得することによつて消滅した。

(五)  仮に右主張が理由がないとしても、前記のとおり控訴人が訴外荒川四郎に対し連帯保証債権につき支払を求める訴訟の係属中当審において右と同一の訴訟物を反対債権として相殺の抗弁をなすことは二重訴訟禁止の原則に牴触することになるから許されない。

(証拠関係)〈省略〉

理由

一、被控訴人が訴外荒川四郎に対しその主張の債権を有し、右債権を以て本件債権差押並びに取立命令に基づき被控訴人が差押えをなした訴外荒川四郎の控訴人に対する賃料債権中昭和三十五年二月一日より昭和三十七年六月末日までの賃料合計金四十三万五千円につき取立権を有するに至つたことについての判断は、原判決理由において説示するところと同一であるから茲にこの点の記載(原判決書五枚裏七行目から八枚表七行目まで)を引用する。

二、被控訴人は控訴人に対し右認定の金員の支払を求めるほか当審においてその請求の趣旨を拡張して更に被取立債権として昭和三十七年七月一日より翌三十八年六月末までの一ケ年分の賃料合計金十八万円の支払を求めるのに対し、控訴人は、訴外荒川において昭和三十七年九月二日本件賃貸家屋を他に売却したるを以て被控訴人の差押えの効力は同年九月以降の賃料債権には及ばない旨主張し抗争するので先づこの点につき判断する。成立に争なき甲第六号証の一(登記簿謄本)に当審証人藤塚順治、荒川四郎(昭和三十八年六月二十一日の嘱託尋問)の各証言を綜合すれば訴外荒川は昭和三十七年八月三十日訴外藤塚順治に右建物を売渡し同年九月七日その旨の登記を経由したことが認められる。これに対し被控訴人は、右譲渡は担保の目的を以てなされた所謂譲渡担保であつて控訴人に対する賃貸人は現在なお訴外荒川である旨主張し、当審証人荒川四郎(昭和四十年五月二十四日の嘱託尋問)の証言中には、右主張に副うが如き供述があるけれども、(尤も右供述によつても、譲渡と共に控訴人に対する建物の賃貸人は譲受人である藤塚となつた趣旨が認められる)右証言は前段認定の資料となつた各証拠に照し、到底信用し得ないものであり、その他前段認定を覆えして、控訴人の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

そうだとすれば被控訴人がなした訴外荒川の控訴人に対する賃料債権の差押えは訴外荒川が右建物を譲渡した後たる昭和三十七年九月分以降の賃料債権にはその効力が及ばないから被控訴人主張のうち被控訴人は控訴人に対し昭和三十七年七月及び八月の両月分の賃料計金三万円に前認定の金四十三万五千円を加えたる合計金四十六万五千円の取立権を有するものと謂うことができる。

三、そこで進んで控訴人の相殺の抗弁について判断する。

(1)  反対債権の存否について、

控訴人主張の反対債権については成立に争のない甲第二十二号証によれば控訴人はさきに当該債権を訴訟物として訴外荒川を被告として新潟地方裁判所に訴を提起したが、敗訴したため控訴したところ原判決は取消され訴外荒川は控訴人に対し金六十万円及びこれに対する昭和三十四年十月七日以降完済まで年三割六分の割合による金員を支払うべき旨の判決があつたことが認められ訴外荒川はこれを不服として上告していたところ上告棄却となり右判決が確定したことは当事者間に争がない。従つて控訴人は訴外荒川に対しその主張の反対債権を有することは明白である。これに対し、被控訴人は右債権の存在を否認し、その理由として右反対債権は昭和三十八年七月二十六日控訴人が訴外荒川所有の土地建物を代物弁済として取得し消滅した旨主張するが仮に右事実を認めるとしても右代物弁済取得の日は控訴人が右反対債権を以て相殺の意思表示をした日の後であるから右債権否認の理由としてはその主張自体何等の意味も有しないと謂うべきである。

(2)  相殺の効力について

第三債務者たる控訴人が自己の有する反対債権を以て相殺権を行使し差押債権者たる被控訴人に対しその相殺を以て対抗し得るためにはその自働債権が差押前に取得したものでなければならないことは民法第五百十一条の明規するところである。これを本件についてみるに控訴人主張の反対債権(自働債権)たる金六十万円に対する遅延損害金のうち昭和三十四年十月七日から差押えの日たる昭和三十五年十月二十六日までの年三割六分(日歩九銭八厘六毛)の割合による遅延損害金二十二万七千八百三十二円が差押え前に控訴人が取得した債権であり、かつ右遅延損害金は債権発生と同時に弁済期にあるものと謂うことができ、他方被差押債権(前示(一)(二)にて認定の賃料債権、受働債権)が既に弁済期にあることは明白である。而して控訴人が昭和三十七年十一月二十八日の本件口頭弁論期日に控訴人主張の遅延損害金債権を以て訴外荒川の控訴人に対する賃料債権とを対当額において相殺する旨意思表示をしたのであるから、控訴人の右相殺の意思表示により本件差押当時相殺適状にあつた金二十二万七千八百三十二円の範囲内において被差押(被取立)債権は消滅したものと謂うべきである。されば控訴人の相殺の抗弁は右限度において理由がある。

なお被控訴人は、本件相殺は二重訴訟禁止の原則に反し許されない旨主張するも相殺の抗弁についての裁判所の判断が既判力を生ずるの故を以て、民事訴訟法第二百三十一条の関係においてこれを訴提起と同視することはできないから右主張は採用の限りではない。

四、結論

以上のとおりであるから前示認定の被控訴人の被取立債権四十六万五千円から相殺により消滅した残額金二十三万七千百六十八円につき被控訴人が控訴人に対し取立をなすことができ、その余の被控訴人の請求は失当として棄却すべく右認定の限度において原判決を変更すべく訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条第九十二条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 毛利野富治郎 加藤隆司 安国種彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例